「金田一耕助の冒険」(横溝正史)

全11篇、金田一耕助の事件の見本市

「金田一耕助の冒険」(横溝正史)
 角川文庫

「金田一耕助の冒険」角川文庫 令和四年復刻版

「霧の中の女」
霧の夜、宝飾店で
女が店員を刺し殺し、
宝石を奪うという事件が起きた。
犯人が見つからないまま
第二の事件が起きる。
連れ込み宿で男が殺され、
その現場に盗品の宝石が
落ちていたのだ。
しかしなぜか被害者の衣類が
消えていた…。

角川文庫の横溝正史作品の中で、
長らく絶版が続いていた本書も、
今年6月、めでたく復刊しました。
全11篇、横溝お気に入りの
トリックやシチュエーションを
コンパクトにまとめ、
金田一耕助の事件見本市のような趣を
呈しています。

一篇目、「霧の中の女」は、
離れの小部屋での殺人事件、
その現場から消えた被害者の衣服、
トランクから発見される死体、
といった設定は、
「花園の悪魔」でも見られる、
横溝の「お気に入り」です。

「洞の中の女」
世田谷の一軒家を買い入れた
作家・根岸の娘は、
庭の木の洞を埋めた
セメントの表面から
一本の毛髪が伸びていることに
気づく。
不吉な思いがよぎった彼は、
すぐさまセメントを
掘り起こさせる。
そこからは全裸の女の死体が
発見され…。

二篇目、「洞の中の女」では、
一本の毛髪から発見される
セメント詰め死体がそれにあたります。
最も横溝の得意技は
「死体のセメント詰め」ではなく
「石膏像に塗り込める死体」なのです。
その手法は何と本書中、
五篇目「鞄の中の女」および
八篇目「柩の中の女」に
使用されているほどです。

「鞄の中の女」
自動車のトランクから
はみ出ていた人間の脚。
それは警察の捜査で
石膏像であることが判明した。
しかし、
石膏像の持ち主を知る人物から
「不安なことがある」と、
金田一は相談を受ける。
アトリエの鍵穴から
覗いてみると、そこには…。

「柩の中の女」
運送店の店員・白井は、
依頼主からの注文通り、
上野の美術館から
審査に落選した石膏像を
受け取りに来る。
しかしその輸送途中に
荷崩れを起こした荷箱の中では、
破損した石膏像から
べっとりとした血糊が
漏れ出していた。犯人は…。

なぜ二作品に
「石膏像塗り込め」を使用したのか?
実は「鞄の中の女」は、
読み手の裏をかき、
実際には石膏像の中には
死体は存在しません。

フェイクともいえる作品なのです。
さらに「柩の中の女」では、単に死体が
塗り込められているだけでなく、
死体入りの石膏像が
もう一つ存在するという
意外な罠が仕掛けられています。

横溝は徹底的に読み手を欺くのです。

「鏡の中の女」
金田一とカフェで
同席していた増本女史が、
鏡に映る男女の密談を
読唇術で読み取り筆記した。
それは殺人の相談だったが
金田一は
笑って取り上げなかった。
しかしその筆記の通りに
殺人事件が起き、
若い女の死体が発見される…。

三篇目の「鏡の中の女」は、
ミステリとしては
やや反則技的作品なのですが、
本作品におけるメイン・トリック
「読唇術」は、横溝のみならず、
乱歩もよく使いました。

「檻の中の女」
鈴の音のする
不審なボートに載せられた
檻の中には、瀕死の女性が
閉じ込められていた。
女性は一命を取り留めたが、
その自宅では
殺人事件が演じられた形跡が
残されていた。
だが一緒にいた男の姿はなく、
大量の血痕だけがあり…。

十篇目の「檻の中の女」では、
女性を閉じ込めた檻を載せた船が
鈴を鳴らして現れ、
その被害者宅では大量の血を流して
大型犬がめった刺しにされている、
なんとも奇怪な事件が
描かれているのですが、その
檻・船・鈴・女のシチュエーションは、
実は由利・三津木シリーズの
「猿と死美人」にも
用いられている設定です。

「赤の中の女」
海岸のホテルで
静養中の金田一耕助は、
一組の新婚夫婦と
そのそれぞれとの旧知の男女の
邂逅を横目で見ながら、そこに
事件の匂いをかぎ取っていた。
等々力警部が合流すると、
金田一の予感はあたり、
新婚妻が遺体で発見され…。

「傘の中の女」
金田一は静養先の海岸で
日光浴をしながら、
友人・等々力警部の到着を
待っていた。
近くに立てられた
ビーチ・パラソルからは
カップルの甘いささやきが
聞こえてくる。
しばらくして叫び声を
聞いたような気がして
目覚めた金田一は…。

十一篇目「赤の中の女」と
四篇目「傘の中の女」は、
ともにリゾート地での事件であり、
金田一には似合わない舞台です。
しかしながらリゾート地が舞台の作品は
他に「鏡が浦の殺人」もあり、
特に「傘の中の女」は、
事件発生場所のみならず発生時期、
休暇中の等々力警部が
事件に巻き込まれる点など、
多くの部分で共通しています。
なお、「赤の中の女」には
原形作品があります(「赤い水泳着」)。

「泥の中の女」
訪問した屋敷の離れに
死体を発見したヤス子は
交番に通報、
巡査をその家に案内するが、
死体はどこかに消えていた。
それどころかその家の住人が
戻ってきていて
何事もなかったように
酒を飲んでいたのだ。
死体はいったいどこへ…。

戻ってみたら死体が消えていた、
という設定も横溝得意のパターンです。
最も同じ設定であっても、
「なぜ死体を隠さなければ
ならなかったのか」という理由が
各作品で異なっているのです。

「夢の中の女」
何者かに殺害された
通称「夢見る夢子さん」。
彼女は金田一の名を騙る
偽手紙によっておびき出され、
三年前の彼女の姉が
殺害された事件と同じ場所、
同じ服装で殺されたのだ。
三年前の事件の容疑者たちには
今回もアリバイがあり…。

第六篇目の「夢の中の女」は、
過去の殺人事件の
真相を知ろうとした女が、
何者かにおびき出されて
殺害されるという設定が
「黒衣の人」と同じです。
こちらには原形作品「黒衣の女」が
存在します
(現在絶版、読むことができません)。

「瞳の中の女」
金田一耕助と等々力警部が
吉祥寺駅から尾行している
一人の青年。
彼は一年前のある夜、
何者かに襲われ、
記憶をなくしていた。
彼は婚約者の顔すら
識別できなかったが、
彼の記憶の中には
ある女性の像だけが
浮かぶのだという…。

第九編目の「瞳の中の女」だけは、
他の作品に類似するトリックや設定の
見つからない(私が見つけられない
だけかも知れませんが)、
本書中では異色作といえます。
そして「推理しない金田一」
「解決されない事件」
「浮かばれない青年」と、
何やら中途半端な印象を受けるのも
特異な点といえましょう。

さて、本書はまず1976年に、
杉本一文装丁画で
角川文庫から出版されました。

1976年版の表紙

ところが折からの横溝ブームを受けて
映画化(コメディとして創られたため
私は評価していません)され、
それに合わせて装丁画を
杉本一文から和田誠に切り替え、
二分冊で再刊されました。

和田誠装丁で二分冊化された表紙

それすらも平成に入ると絶版。
1996年頃に横溝作品の一部が
「金田一耕助ファイル」として
復刊された際も、本書はスルーされ、
完全に忘れ去られたかのような
扱いでした(それゆえに、
当時の出版社による語句・表現の改編を
避けられたのは、ある意味
幸せだったのかも知れないのですが)。
杉本表紙はわずかな期間しか
発売されなかったため、
復刊が待ち望まれていました。

今回の復刊は
遅きに失した面があるとはいえ、
これで金田一作品全77編が
角川文庫で勢揃いしたのですから
喜ばしいかぎりです。
あとは次の作業がなされることを
強く願っています。
①先行復刊(1996年時)されていた
 作品の表紙の
 (すこぶる不評な)漢字一文字装丁から
 杉本画伯への切り替え
②先行復刊されていた作品の
 解説文の復活
③先行復刊されていた作品の
 語句・表現の差し戻し
④「死仮面」の欠落分を挿入しての
 完全版化

これがなされれば、
金田一耕助シリーズは完璧です。
柏書房や出版芸術社、論創社であれば
そうした措置がなされるのでしょうが、
金田一シリーズの出版権は
角川文庫が離さないでしょう。
角川文庫に強く要望する次第です。

(2022.11.25)

PexelsによるPixabayからの画像
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